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今日は地獄の釜の蓋の開く日

って事で実家の父の生きていた頃は、漁止めの日でした。
外地からの引き上げ後、まぁ色々転々としていた母がようやく落ち着いた島原の方では、山止めといって猟師も山に入らない日だとか。

お盆でしたので、その手の話を。

お盆であの世から帰ってきていたご先祖様や、そのほかの亡者達が15日の送りでそれぞれの場所に帰ってゆくそうですが、実際に(?)帰り着くのは16日だそうで、それまでは地獄の(…不思議と極楽への門、とかは聞いた事がない)入り口である釜の蓋が開いているらしい。
ちゃんと子孫にお盆のもてなしを受けられた霊は、それこそ生きている人間でもそうであるようにほくほくと帰路に着くので問題は無く、そうでない場合は霊の世界でも肩身の狭いものらしい。

で、うっかりそんな霊に山や海で行き会ったりしたら、ええい、腹いせにと地獄に引き摺り込まれるから行っちゃ行けないと、幼い頃よく両親に言われたものです。

我が家の、と言っても私の実家の方のお盆の準備はお仏壇だけではなく、無縁仏さん、無縁さんの分も一緒に用意します。亡くなった父が無類の世話好きでしたので、これも父へのご供養の一環v

生前の父は、船着場で初めて話したような他県登録の漁師さんを家に招いて、お風呂に入れさせたり夕飯を勧めたりと。
小型漁船の海の上での生活で何が嬉しいかと言えば、やはり陸の上での食事とお風呂。漁場を追って1週間から10日くらいは船の上で生活と言うパターンは割とあるのです。
父が亡くなった時、香典返しの準備のために頂いた方のお名前を確認していて、「あら? これは誰かしら???」と首を傾げる事がよくありました。
早朝、沖の様子を帰って来た漁師仲間に尋ねるのも朝の日課でしたから、その時行き会ったパンクした自転車を修理してやった新聞配達のおばさんからのものだったり、母は名前も知らずに父が浜から連れてきたのでお世話した、和歌山の漁師さんからのだったり。

目の前で事故のようないきなりの父の死でしたが、悲しい気持ちをそっと和ませるように、その名も知らぬ香典袋を見たものです。

「お父さんらしいね」
「良かったね、お父さん」

…考えてみれば、漁師としては恵まれた最期だったかも知れません。
もしこれが、一人漁に出て海の上での事だったら、もしくはもう少し遅い時間で私たちがそれぞれ出社や登校していたら、父の最期には立ち会えなかったのです。早くに逝かれてしまったのは今でもとても悲しい事です。ですが、これほどの良い状態で鮮やか過ぎるほど鮮やかに去ってしまった父に、良かったねと思わず呟いてしまうのです。

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2005年08月16日 ひとりごと トラックバック:0 コメント:0

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