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犬夜叉523話、感想と言うか考察?

ネタバレは既に先行されているサイト様もありますから、ここでは割愛。私が読みながら思った事などをちょろちょろっと書いてみます。

先週先読みで突発SSを起こしたのですが、やはり妄想塗れの二次創作の『甘さ』を実感した今週の展開。そりゃ二次創作ではないので殺兄もすっ飛んでりんちゃんの許に帰ってくる訳ゃないですよね^_^; でも、白夜に足止めされてけしかけられた数千匹の妖怪を爆砕牙の一振りで殲滅させた殺生丸は最高に格好良い!! ある意味物凄く見たかった理想の姿かもしれません。白夜が呟いた「瞬殺…」、って本当に殺生丸に相応しい言葉です。

この展開を見て、「ああ、やっぱり…」と思った事が。
殺生丸って『妖』としての殿(しんがり)を務める存在だろうと思っていたのですが、ここに来てますますその思いを強くしています。戦国時代以降、妖怪が激減した理由はこれ。激減したと言うか、戦国時代から現代にかけては妖怪の世界と人間の世界の扉が閉じてしまい、その結果だと言う設定もあります。私は「妖怪世界=(西国?)」と言う異次元があるとは思ってなかったので、人間世界の中にひそんでいる妖怪が何らかの理由で絶滅していったのだろうと思っていました。

その理由が、『殺生丸』なんだなと。

ここからがまた、長いので続きからどうぞ♪





一転して、今度は犬君とかごちゃん。かごちゃんの力は、曲霊に封印されたまま。今まで使えていた「霊力」も使えなくなっています。楓さんや瞳子さんの言葉から考えると、もともとかごちゃんは自分の体の中に四魂の珠を持っていた時から、かごちゃんの本来の「力」を怖れた「何者か」にその力の殆どを封印されているらしい。
それがこの曲霊なのか、なんなのかは少し置いておいて。

僅かに漏れ出した「霊力」だけでかごちゃんはあれだけの活躍をしていたんですね。それが今、なぜ完全に封印されてしまったのか? かごちゃんを睨み付けた時の曲霊の方が力が勝っていた。四魂の珠の中の曲霊+奈落の中の「何か」>かごちゃん、なのかもしれないなと。

原作の流れ的にはほぼ完成形になった殺兄の次に、今度はかごちゃんの『覚醒』も含めた試練の展開になるんじゃないかと思っています。
かごちゃんの「力」を封じたもの、ある意味これも「曲霊」と言えるかもしれませんが、犬夜叉に裏切られ浄化するつもりで巫女の矢を射た桔梗の想いなのかもしれないなぁと考えています。矢を射る瞬間も、そして自分の遺体を四魂の珠と共に燃やせと言った時も、どこかで自分のこの高すぎる霊力を疎ましく思っていたのかもしれない。

四魂の珠と自分の霊力ともに、もう現世には蘇るつもりはなく地獄に堕ちて行こうとしたのだと。だからこそ裏陶の鬼術で蘇らせられ、転生したかごめの体から桔梗の魂を移し変えようとした時、あれだけの拒否反応を示し訳。結局、死人の桔梗に残ったかごちゃんの魂は「負」の念を抱いたものが残ったと…。「負」の念と言う事は、「曲霊」の領域に近いもの。

では、かごちゃん=桔梗さんかと言うと、それはまた違う。私は桔梗さんの魂+アルファ=かごちゃんの魂と考えているんですが、かごちゃんが霊力を発揮する外界に向かっての窓口を担当しているのが桔梗さんの魂で、そこを今は閉じている状態。今までは時々その窓口を突き抜けて力が溢れていたんでしょうね。それを曲霊がより厳重にした結果が今のかごちゃん。

あ、ここでちょっと思ったのが言霊の「おすわり」。
あれって、もしかしたらかごちゃんじゃなくても最初誰かが念珠に「鎮めの言葉」としてインプットしたら、その人の言葉に反応すると言うアイテムだったんだなと再認識。言葉を発する人の霊力に関係なく、念珠の性能によるものみたいですね。

肝心なのは、「最初」ってことかも。

ここで、どんな形でかごちゃんが覚醒するか、それが次の大きな山場になりそうです。後、どのくらいこのお話が続くかは、今度こそ奈落の出方と言うか、本意次第かな?

なんとなくりんちゃんは楓さんの村に居つきそうな気もするし…^_^;
りんちゃん自身の人間に対しての再生も促す伏線かなとも思ったり。
りんちゃんが殺生丸と出会った時は、りんちゃん人間不信の真っ只中でした。そんな中で殺生丸に出会い、狼に食い殺された後、生き返らせてもらった。自分を虐げていた村人と、自分を生き返らせてくれた妖怪。
この時のりんちゃんには選択肢なんてなかったのかもしれません。

この事がずっとりんちゃんの中の「負の感情」として残っていたら…。りんちゃんは明るい元気な女の子です。真っ直ぐに物事を見、理解する子。だから「人間すべて」が悪いものだとは思ってはいないでしょう。少し離れた所からなら、ちゃんと「ひと」を受け止める事が出来る。
でも、自分がその中で生きてゆくとしたら拒んでしまいそうな…。

殺生丸の許が避難場所のようになっているとしたら、それは二人にとって少し歪んだ関係かもしれません。出来る事なら楓さんの村で普通の村の子のように暮らし、人の生き方も見て、それでもなお殺生丸と共に在りたいと思うような、そんなりんちゃんが見たいなぁとも思います。

原作的には生死のボーダーライン上の弥勒と珊瑚。
もともと弥勒様は、自分の命があまり長くない事を承知で斜に構えているところのあったお方。でも、本当の意味で「生」を考えた時、それは守りたいものを守る事と同義だったと気付く。それは今の珊瑚も同じ。

目的に向かう「必然性」を強めて、物語りは加速し始めたようです。

2007年09月27日 サンデー感想 トラックバック:0 コメント:0

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