FC2ブログ

ファンと二次創作者の間にあるもの

えっと、今日は改まって犬夜叉最終話の感想でも…、と思っていたのですが、流石に昨日突発文の中に殆どの感想を込めてしまったような感じなので、かなり今は抜け殻状態です。

それでもあの最終話を読んで、正直に私が感じた事を短く書いてみます。

まずは幸せそうな弥勒・珊瑚夫妻。子宝に恵まれ、ますます珊瑚ちゃんを美しくなって弥勒様は生来の生臭坊主ぶりに磨きがかかって、大黒柱で頑張っているようです。
犬君とかごちゃんも、何が大事か大事なものを手にする為に、失うものもあるという覚悟で互いの手を取り合いました。

……このラストは私の思うところのラストともとても共鳴します。

弥珊での未来設定の話は殆ど書きませんでしたが、それでも自サイトの珊瑚ちゃんも12人もの子宝母さんですしv
犬君とかごちゃんの物語でのラストも色々あれこれ妄想して幾つか書き落としていました。
それらを今読み返してみると、この本編のラストに共通するものがあって二次創作書きとしてはとても嬉しいのです。

流石に殺りん的ラストをああ持ってくるとは思わなくて、最後の最後で大きな萌えの爆弾を落とされて、反射的に突発SSまで書いてしまいましたが^_^;

この作品を読みながらずっと思っていたこと、それは「恋愛感情」よりも大きなものとして「信頼」がそこにある、ってことだったんです。
恋に目が眩んで、ひどい恋人の言いなりになって不幸な人生を送る人もいます。それも、その本人からすれば「幸せ」なのかもしれません。
桔梗さんや奈落はそちらサイドのキャラだったんだと思います。桔梗さんもこの物語の一番最初で本当に犬夜叉の事を心底信じきる事が出来れば、あんな悲劇にはならなかったはず。
もし犬夜叉に化けた誰かに殺される事があっても、その真相にいち早く気付きそれなりの巫女としての対応をしたと思うんです。
奈落は言うまでもなく、誰も信じてませんし誰からも信頼されてません。おそらく、奈落自身からも。

この物語の『要』はこの『信じる事』、この一言に尽きると私は思っています。

「~なればいいな」な希望ではなく、「~こうなる!」と強く信じてそのための行動を躊躇わない。
その心の強さを描きたかったんじゃないかなって。
そして、その心の強さは何かに頼って得るものじゃなく、自分の眼で見て手で触れて行動して感じて考えて培うもので、四魂の玉に願って手に入れられるようなものじゃない。

それが主題だと意識して物語を紐解けば、回収し損ねた伏線も曖昧なままなキャラの背景も枝葉な部分になるんだなと、今は思えます。
そう思ったから、最終回の1回前で留美子先生はこの作品で描きたい事は描ききったんだなと私は受け止めたのです。

本当に新境地での足掛け12年にも及ぶ長編連載、お疲れ様でした。
毎週毎週どれだけドキドキしながら水曜日を待ち、原作を読んではあれこれ考察したり萌えを発散したり、充実した時間を過ごしました。

この作品に出会わなかったら私は、今頃手作り系の趣味でそちらの世界に没頭していたかもしれません。今ではPCの操作からサイトの作成までどうにか中級クラスにはこなせるようになったのも、犬夜叉のお陰です。
本当に本当に、ありがとうございました!


…さて、ここからは私の少し視点を変えた呟きです。
ちょっとどうかな? と言うような内容も含まれますので、それでもいいよと言われる方だけ続きからどうぞv







* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


上に書いた記事の内容には、多分に私が「二次創作者」だからと言う視点が含まれているような気がします。今度はそれを出来るだけ排除して、普通の一漫画ファンが感じた事を書いてみたいと思います。

まず全編を通しての「作品」としてのクオリティの高低さがちょっと激しいかな? と思ってしまうのです。まず「絵」そのもので言えば、とても丁寧に描かれている巻もあれば、明らかに雑だなと思う巻もあります。話も一時期無限ループと揶揄されていた事も多々ありました。
回収しそこねた伏線は……。
30巻以降の作品全体のテンションの低さは確実にあったと思います。
正直な話、この辺りの巻数で犬夜叉から離脱した元読者がそれなりの数いるのも事実。

どうしてそうなったかと言えば、やはり連載の長期化が一番かなと。
最初から50巻くらい描くつもりでの連載と、30巻あたりを目処にしていた連載とでは出足から作品全体のプロット配分までまったく違います。
30巻分の内容を50巻までに引き伸ばせば、回収しないで良い使い捨ての伏線やキャラまで矛盾や破綻の原因になってしまいます。
そう言う意味では、とても残念な事です。
また12年の長期連載では、インターバルの利く内容で無い限り読み始めの読者がその対応年齢から卒業してしまううと、次の対応年齢層を取り込むのが難しいと思います。

編集部が15歳辺りを上限に切って、その辺り向けに作品の内容を調整させていたら、10歳くらいで読み初めて高校生くらいになると物足りなくなって読まなくなる、という現象もありそうです。
だからといって、連載開始後8年目くらいの作品を10歳くらいの子が最初から読み始めるかというと…、ですね。
これからの少年雑誌(…既に少女雑誌は諦めています^_^;)は、「子どもに読ませる」ではなく「子どもも読めて大人も読める」内容にしないと、ますます読者は減るのかもしれません。
実際、これからは少子高齢化。
子どもの数は減ってゆくのです。
子ども相手の商売は、確実にシェアが縮小してゆく訳です。
ならば、かつて卒業してしまった昔のマンガ少年や少女たちを引き戻す工夫が必要なんだと思うのです。年齢別に住み分けをして済む問題じゃないと思っています。大人になっていきなりマンガ雑誌を読み始めることは、そう無いんじゃないかと思うので。
少年・少女向けの週刊月刊雑誌の発行部数の激減の話を聞くたびに、そんな事を考えていました。

ただその引き伸ばした関係で、本来なら描かれる事のないはずだったキャラに描写が割かれたように感じる点は幾つかあります。それはそれでそのキャラのファンには嬉しい事でした。

…と、ここまでは出来るだけ歳を食った一漫画ファンとして思った事を書いてみました。

で、私は幸いな事に(イタイことに(大汗))「二次創作」と言う、やっかいな趣味を持っています。
この二次創作者として作品を見る場合、完璧な作品・グレードの高い作品だからといって必ずしも『惹きつけられる』訳ではないんです。確かにその作品のファンになることはあります。ですが私はそんな場合大抵、「熱心な読者」止まりです。

二時創作をしたくなるような作品はこちらの創造の余地がある作品、と言う事なんです。
もちろんその前に、まずその作品の世界観やキャラ造形(ビジュアル面だけでなく性格も)基本的なテーマにほれ込まないと出来ないのですが。
だから回収できてない伏線だって、二次創作メガネで見ればいくらでも弄れるネタになります。途中で消えてしまったキャラや割愛されたシーンだってその後を妄想し放題なのです(^^♪

原作の「戦国御伽草子犬夜叉」は完結しましたが、この作品が残してくれた二次創作的に美味しい所はまだまだ山盛りです。
私は「原作あっての二次創作」をモットーにしてますから、原作のイメージ、特にキャラの性格などは大事にしたいと思っています。私がこのジャンルでの更新を終了するのは、それが出来ないほどネタが枯渇した時、つまり原作キャラの名前を消した時それがもう何の二次創作かわからなくなるようなモノになりそうだなと判断した時です。

とーぶんはちょこちょこ何か書いていることと思いますv




2008年06月19日 二次創作 トラックバック:0 コメント:0

<< 6月17日~19日分まで | 気分は日曜日TOP | 犬夜叉最終話 「明日」 >>












管理者にだけ公開する